7.18.2015

エネルギー、車、テスラと変える世界 ---10



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以下は、このリンク先の記事 http://waitbutwhy.com/2015/06/how-tesla-will-change-your-life.html を私が勝手に解釈して書いています。オリジナルの内容にできるだけ沿ったつもりですが翻訳ではありません。


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パート2: 車ストーリー(その1)


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世界初の車のオーナーを紹介しましょう。

ドライビングスーツ(?)に身をまとった中国のKangxi皇帝(康熙帝)がその人です。1672年、彼が18歳の時、世界初の車の発明者から献上を受けました。



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発明したのはFerdinand Verbiest(フェルディナンド・フェルビースト)。フランダース出身のイエズス会伝道師でした。フェルビーストは人生の大半(?)を中国で過ごし、1670年には、誰がより正確なカレンダーを作れるかというコンテストでライバルに打ち勝ち、皇帝の主席数学者および主席天文学者となりました。(負けたライバルは、生きたままでギザギザにされてしまいます!?!)彼は、この職についてからいろいろなものを発明しました。車はそのうちの一つで、皇帝のおもちゃとしてつくったものです。とても洒落たものでした。


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ドライバーが乗れるほど大きくはなかったものの、火で作った蒸気を車輪に当て、回転させ、ギアを回して後輪を動かす方法を思いついて、世界で初めて(知られている範囲では)自動で動く車を作り出しました。


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1769年には、フランスの発明家Nicolas-Joseph Cugnot(ニコラ・ジョセフ・キュニョー)が、ドライバーが乗れる車を発明。




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次に登場したのはこちら。フランソワ・アイザック・デ・リヴァは、1807年に、世界で初めて内燃エンジンで動く車を発明しました。



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蒸気エンジンは、エンジンの外で火を燃やし、中の蒸気を熱してエンジンを動かします。燃焼は外ですから、外燃エンジンです。内燃エンジンは、蒸気は使わないでエンジンの中で燃料を燃やし稼働させます。



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1886年には、ひげの立派なドイツのエンジニア、Karl Benz(カール・ベンツ)が妻のBertha Benz(バーシャ・ベンツ)と協力して、初めて実用的な車を発明しました。



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これが、世界初の本物の使える自動車、Benz Patent-Motorwagen(ベンツ・モーターワゴン)です。車輪が3つあり、現代も使われている内燃エンジンのもっとも原始的なもので動きました。値段はUS$1,000(今のお金だとUS$26,248)でした。

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それから数年後、海を超えたアメリカのミシガン州で、ヘンリー・フォードという名前の農家の少年が、お父さんの後を継いで農業をするなんて退屈すぎると(?)、トーマス・エジソンの会社に出向き、そこで働き始めました。当時、エジソンの会社は、アメリカの各都市に発電システムを設置するのに忙しく、フォードはそれに携わっている間に、発電に使われる蒸気エンジンに詳しくなりました。仕事の合間に、家の隣の小さなワークショップで、まだ当時は珍しかった内燃エンジンをいじったり試したりしていました。そうこうしているうちに、1896年32歳の時に、簡単な内燃エンジンで動くFord Quadricycle(フォード四輪車)を作り出したのです。



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自動車作りにどんどん没頭していったフォードは、1899年に仕事をやめ、Detroit Automobile Company(デトロイト自動車会社)をつくります。これがだめになると、1901にHenry Ford company(ヘンリー・フォード・カンパニー)をつくりました。

しかし、投資家とのいざこざですぐ会社を離れ、残った会社はCadillac Automobile Company(キャデラック自動車会社)と名前を変えました。フォードは1903年に、Alexander Malcomson(アレクサンダー・マルコムソン)とパートナーになり、Ford & Malcomson, Ltd.(フォード&マルコムソン社)をつくります。その後これをFord Motor Company(フォード・モーター・カンパニー)と変名しました。マルコムソンには面白くなかったでしょうね。

フォードと彼の会社は、ガソリン車作りに突き進みます。しかし、当時はガソリン車は一般的ではなかったのです。車自体が新しいテクノロジーだったし、20世紀初頭のアメリカ市場では、蒸気で動く車が40%、電気で動く車は38%で、ガソリンで動く車は22%に過ぎませんでした。

この割合は当時の状況を調べればうなずけます。蒸気を使った外燃エンジンは、古くから使われよく理解されていたので、車を動かすのにも最も頻繁に使われました。内燃エンジンは、これの洗練された新しい従兄弟のようなもので、代わりにガソリンを中で燃やして車を動かしました。ミドルマンだった蒸気をなくしたので、燃料をもっと効率的に使えるようになったのです。しかし、時は1900年前後、最も期待されていた新星は電気自動車(EV)でした。当時は、新しくてカッコいいテクノロジーのほとんどが、電気を使ったものだったのです。

1860年半ばから世紀が変わるまでの35年間は、電気革命の真っ只中でした。トーマス・エジソン、ニコラ・テスラ、アレクサンダー・グラハム・ベル、ジョージ・ウェステングハウスなどの発明家達に率いれられて、普通だった世の中が、マジカルな世界へと変貌していきました。最初の魔法は、19世紀半ば過ぎに起こります。長距離電気を利用した電信技術で、遠く離れた人と交信できるようになったのです。そして、1866年には大西洋をまたいだ通信に成功し、ヨーロッパとアメリカの間で瞬時に交信できるようになりました。1870年の後半には、魔法の革命は本格的になります。1876年には最初の電話通信が成功し、翌年1877年には、初めて人の声を記録して再生することに成功しました。1880年代初めには電気の街灯がつきはじめ、1896年には最初の電気グリッドが張られて、人々の家に電気が来るようになったのです。同じ年、初期の映画が初めてニューヨークで上演されます。1900年には、ブラジルで初めて人の声が無線で流れました(ラジオの誕生)。一方、街には魔法の馬なしの車が現れるようになり、数年後1903年には、ライト兄弟が、歴史上初めて空気よりも重いものを飛ばすことに成功しました。なんてめちゃめちゃクールな時代だったことでしょう。

今の私たちにとって、モダンテクノロジー = コンピューター、スマートフォン、インターネットのように、1900年頃の人には、モダンなテクノロジー = 電気だったはずです。当時のエジソンとテスラは、今のビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズでした。交通機関を炎のエンジンで動かすなんて、それから100年も昔の機関車と同じアイディアで、1900年当時の人にとって、私たちが白黒のサイレントムービーを思うくらいモダンな(No!)テクノロジーでした。当時は既にエネルギーを作り出す現場を知らなくてもいい時代、火を燃やすことなど、どこか遠くの発電所でやってくれているはずで、一般の人は、静かできれいで便利なマジカルバトラー(電気)を使うだけでよかったはずなのです。

1900年当時生きていた人に、蒸気で外燃、ガソリンで内燃、電気の3つの内のどれが将来車を動かすパワーの戦いに勝ち残り、基準になると思うかと尋ねたら、多分ほとんどの人は電気と答えたと思います。既に、ガソリン車よりもずっと多数の電気自動車が街を走っていましたし、エジソンやテスラをはじめ、著名で影響力のある発明家たちが電気自動車の未来づくりに力を注ぎこんでいました。20世紀初めのニューヨーク・タイムズは、電気自動車はガソリン車より静かでクリーンでより経済的で理想的だと呼びました。

しかし、始まったばかりの自動車業界を左右したのは、理想的かどうかではなくて、スケーラブル(早く普及させられる)かどうかっだのです。車はその頃までは、あまり実用的でないお金持ちのおもちゃに過ぎませんでした。いずれ普及させられたら、そのうちに全てを理想的なものに変える時が来るだろうけれど、とにかく、いかに早く走って、丈夫で、手軽な値段の車を作ることがまず最初のステップでした。世界中のお金と優秀な人材が車のテクノロジーに注ぎ込まれて、1908年には、フォードとその設立5年の会社が、自動車業界を急成長させ一般に普及させるきっかけとなった車を市場にデビューさせました。モデルTです。

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モデルTが出るまでは、電気自動車もガソリン車も両方大きな問題を抱えていました。電気自動車は、走行距離が短く、燃料補給に時間がかかりました。ガソリン車は、うるさく、スタートさせるのが大変で、百年前と同じように黒い煙を撒き散らしました。

しかし、稀にみない優れた実業家だったフォードは、従来の手作業から、流れ作業の組立ラインで車を作ることを思いつき、値段を大幅に引き下げて、アメリカ初の大衆車を作り出したのです。1912年には、エンジニアのCharles Kettering(チャールズ・ケターリング)が電気スターターを発明し、骨折りで危険だったガソリン車のスタートが簡単になりました。また、新たにマフラーも発明され、騒音を大幅に減らすことが出来ました。こうして突然、それまでのガソリン車特有のいやな問題の数々が解決されていったのです。そして、電気自動車よりもずっと安くなりました。フォードのモデルTはアメリカ市場を独占し、1914年には、アメリカの新車の99%はガソリン車となり、1920年には、電気自動車はアメリカの商業生産から全く消え去ってしまいました。

でも、こうならなければならない理由などなかったのです。車の将来はどうにでもなる状況だったのに、燃料を燃やすのは昔の技術で、電気がこれから先の技術だったのに、フォードが実現可能で利益が出せる自動車作りのビジネスモデルを作って他の競争相手を出し抜いただけなのです。一方、電気自動車業界にはフォードに対抗できるビジネスモデルを作り出した人は出ず、あっという間に、流れを変えるのがどんどん難しくなってしまい、皆、諦めてしまいました。